6月21日(金) それぞれの地獄

上司は出張中。

夕方、職場の先輩が退職するとの連絡が入った。すぐ面談に来て、もうつらくて会社にいられないからと、翌日から有休消化に入ることになった。

4月から異動して、5月に一緒に昇進したばかりだった。いつも笑顔で明るくて、後輩指導も素晴らしくて、なんで自分がこの人より職位が上なのだろうと惨めな気持ちになるほどだった。

人間関係と業務量。家庭の問題。

そのひとの抱えていることを少しだけ聞いて、自分の大切なもののために仕事を辞める決断をした先輩は、勇気のある人だと思った。

会社は守ってくれない。守るにも限界がある。自分で決めるしかない。

 

目が覚める思いがした。

ここのところのわたしは、

自分ばかりが損をしてばかみたい、

みんなできてるのになんでわたしだけ、

なんで自分はこんなクズなんだろう、

みんなずるい、なにがずるいのか分からないけれどずるいずるいずるい、

ずっとそう思って、誰だか分からない相手を、社会を、縁する人全てを恨んでた。

わたしだけが辛いんじゃないことは頭では分かってる。わたしはただつらいことから逃げることしかしてこなかったから、自業自得なのだ。それでも自分だけ貧乏くじをひかされたような被害者意識と、そんな思考しか持てない自分の加害者性にうんざりしていた。

 

 

けどそうじゃないとわかった。

それぞれ地獄を抱えてた。見えないだけだった。変に納得してしまった。わたしは愚かだなあと思った。

地獄だと考えたとき、自分の地獄と他人の地獄を比べることには意味がないと気がついた。

みんなつらい、だってみんな地獄だから。

 

生きていくということはだいたい地獄。うまくいくことなんてほとんどない。つらいことばかりだ。けれど生まれた以上死ぬまで生きるしかないのだ。だとしたらこの地獄をどうやって乗り切るか。毎日地獄をいきるしかない。

 

 

自分の狭い世界しか見えていないと、物事を見誤ってばかりだ。人はひとりでは生きてゆけない。依存だってする。依存先は多いほうが良い。ひとりよがりの依存はいつか破綻する。うまくいかないことばかり。すれ違うことばかり。失敗ばかり。けれど地獄をいきる。

みんなに地獄があることを分かりながら、自分の地獄を生きてゆく。あくまで人生の舵を握っているのは自分だ。

他人の中には踏み込めないから、自分の裁量がきく部分なんてほんのわずかだけど、その範囲でできることをやるしかない。

 

 

仕事を抱えない、後輩を認める、他者との関わりを受け入れる。ままならなさを受け入れる。他責をしない。自責もしすぎない。

起きたことは仕方ない、失敗も仕方ない。何があっても死ぬまで生きるしかない。